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心にうつりゆくよしなしごとを、ただ綴っていたいだけです。

考えさせられる

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SNSを整理していたら、黒歴史を見つけました。アカウントやパスワードを忘れていてログインできないため、ブログ執筆から5年経った今何を思うか綴ることで葬りたいと思います。(この投稿も黒歴史になるおそれがあるのだけど)

まず、この友人とどうなったかのお話を。大学一年の六月くらいまではお家に電話していました。ただそれから私も忙しくなって連絡を怠っていたら関係は知らないうちに切れていました。

友人関係でも恋愛関係でもこのいわゆる「自然消滅」を体験したことはあるんですけど、大人になってたくさん別れを経験したからかコミュニティは高い確率で消滅しうるものだと考えるようになりました。定期的に交流の機会を設けることが人間関係そしてまちづくりにとっても大事であると、コロナ禍を経験した私たち誰しもが思うことでしょう。

まちのコミュニティはどのように形成されるのでしょうか。幼稚園のコミュニティは小学校のコミュニティに成長し、その後中学校のコミュニティへと成長していきます。私は地元の中学に通わなかったので小学校卒業時に分断することになったと言うべきなのでしょうか。地元を出たことで今があるのですが、関係の能力を育み切れなかったことがside effectだったと思っています。20年近く地元に住んでますけど地元民という実感は正直あまりないかもしれません。CPTEDの監視性はこれでは高まりません。

もちろん自分が努力すればよかったといえばそうなのだけど、知らぬ間にコミュニティの一員だと思えなくなるような構造へと変わっていくんだろうなと。

コミュニティの形成と変容については犯罪学でも研究されている分野なので、引き続き色々考えていこうと思います。

 

11月の読書録と振り返り

あと数日で12月になるので、今月の振り返りをしたいと思います。

 

今月読了したのは6冊です、本を読む時間があまり取れなかったです。

今の悩みは修論用に2年かけて考えたプログラムがRパッケージのエラーなのかうまく動いてくれないことです。QGISをコンソールで回せばいけるのでは!?と淡い期待を寄せながら昨日udemyのPyQGIS講座を爆買いしました。ブラックセールということでかなりお安く買えたのですが、全て英語というところに辟易しています。東大卒という肩書きを得るためにも頑張りたいと思います。

 

あと今月から教習所に通い始めています。大分車体感覚も掴めてきて来週仮免試験です。本免取れたら網走監獄vol.3執筆中に惹かれた廃線跡に行ってみたいです。(八ッ場ダム見たいのでアガッタンには特に行きたいです、隣で父が吾妻線のうんちくを話してるので連れていってあげたいと思います。)

 

今月はそんなところでしょうか。わりと楽しい1ヶ月だった気がします。

来月は誕生日なので、監獄巡りと裁判傍聴と読書の何か一つでもできるくらいの余裕があればいいなあと思います…!

10月の読書録&TICPOC公開シンポジウムに出席して

とうとう11月に入りました。肌寒さが身に染みます。

先月の読書量は研究関連書も含めて20冊です。最近研究の意義とは何か考えるために犯罪精神病理すなわち精神医学関連の本も頑張って読むようにしています。エランベルジェ著作集というのは読むのに1週間くらいかかりましたね...

私の研究は1960年代あたりに勃興したシカゴ学派に依拠してるものですが、犯罪学の起源であるロンブローゾ(諸説あり?著作集の中で議論してましたが)は精神医学の出身ですので。温故知新の心を忘れないでいたいです。

 

そして、本日は犯罪被害についての講演があるということで第5回TICPOC公開シンポジウム@東大伊藤謝恩ホールに出席してまいりました。講演やインタビューを通して、犯罪被害者の孤独・孤立を防ぐことが大事だと改めて感じました。性被害とPTSDをはじめとした精神疾患発病の関連はよく聞く話ですが、詐欺と妄想(貧困妄想)出現には関係があるのでしょうか?

 

修士論文提出日も迫ってきているので、より一層研究に注力しようと思います。

 

網走監獄を訪れて

網走監獄(歴史・処遇編)

先日研究室でブログを書きました、それについてお話ししようかなと。

ご覧いただければわかるように、公共的記憶、社会的包摂といった今後のまちづくりに取り入れるべきキーワードを盛り込みました。 一つ一つを掘り下げればたくさん言うことがあるのですが、特に施設内処遇vs社会内処遇に関心を持ってもらえると嬉しいです。きちんと理解できた時にはこのブログの中で一編書きたいなと思っておりますのでまた見ていただけると光栄です。

にしても、私は犯罪のことになると体中からドーパミンが出てるんじゃないかと思うくらいワクワクします。 今年は様々な場所で犯罪系の先生等と交流できましたし、精神科医さんとお話できる機会もあったりと本当に素晴らしい一年でした。その中で実際criminologistだとラベリングしていただけたりもしたし。

様々な場所で活動をすると立場の違いをひしひしと感じるのですが、立場の違いで救える人もいれば悲しむ人もいる、それぞれの立場としての最善策を探し続けないと実感します。犯罪学は学際的な分野ゆえ総花的な取り組みが不可欠で、おのおのが専門にとらわれず犯罪に丁寧に向き合うことが本質の理解につながるのではないかと考える今日この頃です。 わたしも自信を持ってcriminologistだと言えるように、日々頑張っていこうと思います。

わたしが東大大学院に合格するまで(3)〜所感〜

所感です。

 

大学院に合格できたのは、私の努力や能力では全くありません。

まず勉強ができる環境を与えてくれた、私を鼓舞してくれた家族がいたこと、適切な方向に舵を切ってくれて熱心に指導してくれた教授や専門学校の先生がいたこと、これまでの人生、特に大学時代に関わってくれた多くの人々がいたことが全てです。

 

もし他に要因があるとしたら、辛い思いをされてる方には申し訳ありませんが、コロナウイルス流行で変わったライフスタイルでしょう。学校もオンラインになったり、アルバイト先は一昨年のお給料と同じ分の休業手当を給付してくれてたので、全く不自由なく生活できました。人間関係にあまり悩まされなかったのも私にとってはよかったです。

 

以上、私が東大大学院に合格するまで、でした。こんな記事ですが誰かの勇気や希望になれれば幸いです。

 

わたしが東大大学院に合格するまで(2)〜大学院試験〜

大学院受験となり、いざ研究室を決めることとなりました。都市デザインゼミだったので都市デザイン研究室に行こうと考えました。ただ建築の視点も交えた研究がしたかったので、横市の院は玉に瑕でした。で、知り合いも通ってて興味のあった東大の都市デザイン研究室に志望を固めました。ありがたいことに3月に研究室訪問を受け入れていただき、シケプリや講義資料等をいただきました。

 

3月から頂いた資料をもとに、市大の図書館で3,40冊の本を借りて家に引きこもり勉強し始めました。学部の講義を真面目に受けていたつもりでしたが、目から鱗な事ばかりで色んなことに気付かされました。都市計画(法)、都市デザイン、緑地計画、国土計画、交通計画、都市防災、数理計画、住環境…都市工学のさまざまなアプローチを徹底的に学習しました。

 

ただ、こう勉強していると自分が何に興味があるのか見失いかけた時期もありました。それも先行研究の中にはテーマは面白いが結論に至るまでのプロセスに問題があるもの、趣味の領域にとどまっているものが潜んでいて、私が興味を持つ、かつ研究の目的がある対象は何か探す事に苦戦しました。自問自答を繰り返しながら何とか書類を作成し、出願しました。

 

時を同じくして新型ウイルスの猛威は日本中を大きく震撼させました。緊急事態宣言発令に伴う大学・専門学校の休校、アルバイト先の臨時休業等、予期せぬ事態となりました。

ただリモート化や休業手当給付、大学図書館の本の自宅受け取り無期限借出が可能になったことで良好な学習環境を享受できました。試験形態の変更には多少戸惑いましたが、数百冊の文献や雑誌を読み、noteで購入した過去問対策集も解いて、自信満々で記述試験に臨みました。

 

8/22に専門科目と論文試験があって、まあまあな出来だったと思います。8/26に合格者には連絡があるとのことだったので、首を長くして待っていました。

 

あれは8/25のことだったでしょうか。私は専門学校で集合住宅の課題のエスキスをしていました。描画中、Gmailを受信したので確認してみると、

 

 

 

 

東京大学工学系研究科からの不合格通

 

 

 

 

 

辛いのと悲しいのとごちゃごちゃした感情の中で、とにかく生きてることで精一杯でした。プライベートを削って週6で東京にダブルスクールしてまで都市計画に向かい合ってたのに。数ヶ月間毎日10時間以上勉強してたのに。これまでの人生でもしかしたら初めて自分の意志で決めた決断なのに。何で1日フライングで不合格を伝えられたのだろう。

製図をやる気力なんてないから帰りました。帰宅すると「おかえりー!連絡明日だね!」と家族は声をかけてくれましたが、言葉を左から右に流して、コンタクトもメイクもそのままで眠りにつきました。

 

目が覚めても起きたくなくて、その次の日はひたすら寝ました。ただそうしてるうちに違う道を探さなきゃ、という理性も自分の中で芽生えてきました。大学院不合格の場合は就活しようと決めてましたがいざそうなると決めきれなかったです。環境に甘えてました。

やっと本気で行きたいと思える場所を見つけたのに、どうしてそこに行けないんだろう。受験勉強を通して、東大への思いは日増しに強くなってました。やっぱり東大に行きたい、今からでも行ける所はないのか。専攻研究内容関係なく闇雲に探し始めました。そこで見つけたのが柏のGPSS-GLIです。高い英語能力を表すために、私に一番合ってそうなIELTSの勉強を始めました。だんだん夏の不合格が悔しくなって、寝る時間以外は勉強してました。そうこうしてると体重が10kg近く減りました。

 

英語試験は10/25でしたが、スピーキングで大きなミスをしてしまいました。IELTSのスピーキングって、面接官が目の前にいて自分の考えを話すものなんですが、あがり症の私にとって怖い顔で見られながら話すのは、英語力以前の問題です。どもりすぎて面接官も心配だったでしょう。

 

都市工もダメ、英語試験もダメ、という酷い学生の進路について、横市の教授は真摯にアドバイスをしてくれました。そこで東京大学大学院情報学環・学際情報学府を紹介していただきました。都市工の院試対策で、実は私がデザインというより都市の数理計画やヘドニックのような統計手法に興味があることに気づいていました。また理系脳の私にとって都市解析の研究は非常に飲み込みやすいものでしたし、データサイエンスにも関心はありました。

都市計画分野では縛りや難しさ、また自分のセンスの無さ(抽象的なものを形に落とし込むのが苦手)に直面して研究者としての将来に不安があったんですが、この分野なら自分が活躍できるのではないか。三度目の正直を信じて出願を決めました。

 

それから数ヶ月、努力に努力を重ねて勉強して、幸いな事に冬季試験で合格することができました。今までの積み重ねがあったからなしえたことかもしれませんが、大学院全体で10人ほどしか募集してなかったため、本当に奇跡です。

 

 

 

 

 

わたしが東大大学院に合格するまで(1) 〜大学院受験を決定するまで〜

タイトルにもあります通り、私は今年東京大学大学院の合格をいただいたので、春から進学する予定です。流されるがままふわふわと生きてきたかつての私が予想だにしていない結果となりました。

 

すごい昔に遡ると、実は大学受験で東大を検討した時期はありました。どっかの知恵袋で「東大に行ったら体育がない」と見て志望してました。当時の学力も合格射程圏内だったんで2次試験対策もしてましたが、センターでいまいち点数が取れず諦めることとなりました。

 

そうなって、ここで初めて自分が何に興味があるのかについて自分と向き合うことになりました。『都市』、そう、私は都市に興味があったんです。青春18きっぷを使って旅をしてると、その駅それぞれの個性を発見すると思います。あまり知られていない素敵なまちの魅力を発見・発信していきたい、そこで横浜市立大学の国際都市学系を志望しました。

 

横市での生活は本当に楽しいことばかりでした。沢山の素敵な人に出会えたんです。

大学一年生の時は、みなとみらいでワークショップを開催したり、夏休みの一ヶ月強メルボルンを訪れたり、長岡市で農業体験をしたり、県の起業家育成プログラムの一環でまちづくりイベントを企画し開催してました。

大学二年生の時は、ゼミに所属してプロジェクトに携わったり、スマートイルミネーションで作品を展示したり、ビジネスコンテストで入賞したり、またお土産屋さんでのアルバイトを始めて各地の名産品の販促をしてました。

大学三年生の時は、週6のダブルスクールを頑張る以外に、建築や都市計画のワークショップに参加したり、委員会の役員を務めたり、市民観光ガイドとして他県の人々に横浜の魅力を発信してました。

大学三年間に携われた活動の概要です。学生の身分で責任ある仕事を任せてもらえた事、多くの貴重な経験をさせていただけた事に感謝します。

 

大学生活をエンジョイしてる間に、とうとう大学四年生が近づいてきました。そう、就職活動です。

 

私は元来大学院に行く事はあんまり望んでませんでした。というのも昔から早く結婚して家庭を持つ事が幸せだと考えてたからなんです。大3の夏くらいから就活をのんびり始めましたが、その時は民間企業、特に鉄道・航空系を見てました。

 

しかしダブルスクールをしているうちに、もっと勉強したいという深層心理に気づき始めました。学部での学びや経験を実務で還元する事が私にとっての就活の軸でしたが、第一志望の会社へのOB訪問から修士卒という価値の高さを感じました。またコロナ禍の就活がとても不安だったことも重なり、院進を決意しました。